福岡地方裁判所 昭和46年(ワ)406号 判決 1974年10月17日
原告
野又恒人
ほか五名
被告
村上誠一
ほか三名
主文
1 被告村上誠一、同久保登、同株式会社安井組は各自、
原告野又恒人に対し金九二万〇三四二円及び内金八二万〇三四二円に対する、
原告野又タツ子、同野又秀美、同野又みよ子に対し各金五五万六八九四円及び各内金五〇万六八九四円に対する、
原告渡恒四郎に対し金二三八万五六三九円及び内金二一八万五六三九円に対する、
原告渡ツルヨに対し金二一八万五六三九円及び内金一九八万五六三九円に対する、
いずれも昭和四五年七月二九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らの右被告らに対するその余の請求及び被告大成建設株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用中、原告らと被告大成建設株式会社との間に生じた分は原告らの負担とし、その余はこれを五分し、その二を原告らの、その三をその余の被告らの各負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告ら)
1 被告らは各自、
原告野又恒人に対し金一四二万八三三三円及び内金一三二万八三三三円に対する、
原告野又タツ子、同野又秀美、同野又みよ子に対し各金九八万五五五五円及び各内金八八万五五五五円に対する、
原告渡恒四郎に対し金三〇三万七五〇〇円及び内金二八三万七五〇〇円に対する、
原告渡ツルヨに対し金二八三万七五〇〇円及び内金二六三万七五〇〇円に対する、
いずれも昭和四五年七月二九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第1項につき仮執行の宣言
(被告ら)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 (事故の発生)
日時 昭和四五年七月二八日午後五時一〇分頃
場所 福岡県粕屋郡古賀町鹿部国鉄鹿児島本線踏切
事故車 普通貨物自動車(福岡四れ二二〇〇号)
運転者 被告村上誠一
被害者 訴外野又松江(大正一一年四月四日生)は頸椎骨折兼頭蓋骨々折により即死。
訴外渡宣弘(昭和二八年一二月一八日生)は頭蓋骨、顔面骨々折、脳漿脱出により即死。
態様 被告村上が事故車を運転して本件踏切を渡る際、接近する電車を踏切内で発見し事故車を軌道上に停車させたため、事故車に同乗中の前記野又松江、渡宣弘がこれから避難しようとして軌道上に飛び出し、または飛び出そうとしているところを、電車に事故車もろともはね飛ばされ、右両名とも即死したもの。
2 (被告らの責任)
(一) 被告村上には左右の安全不確認ないしは一時停止を怠つた過失がある。本件踏切は遮断機、自動警報機の設備がなく警手もいない第四種踏切で、しかも右方は雑草等により見通しが悪かつたのであるから、自動車運転者の被告としては、踏切の直前で一旦停車して左右の軌道の状況を注視し、交通の安全を確認して進行し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、踏切の約五メートル手前の左右の見通しのきかない地点で一時停止したのみで、列車の進行はないものと軽信し、漫然時速約五キロメートルで同踏切に進入した過失により、同踏切内で自車を電車に激突させたものである。
(二) 被告久保は右事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。
(三) 被告安井組は土木建設工事の請負業者であり、被告村上、同久保を雇用し、事故車を自己の工事のため運行の用に供しているものであり、被告村上はその業務中に本件事故を惹起したものである。
(四) 被告大成建設は土木建築工事の請負業者であり、被告安井組を継続的かつ専属的に下請として、自己の提示した図面、仕様書等により、しかも自己の派遣した工事長らの指示監督のもとに下請工事をさせ、また工事用資材、機械などを貸し、資金繰りについても面倒をみるなどしているものであり、本件当時も右工事長らが被告安井組の被告村上、同久保らを指揮監督して工事をさせていたものである。被告大成建設と被告安井組とが右のような関係にあることから、事故車の運行支配は被告大成建設にも重畳してあつたものと考えられ、それに伴い運行利益も帰属するところであるから、同被告も運行供用者といわなければならない。
仮に運行供用者でないとしても、右事実から被告大成建設は被告安井組に直接、間接に指揮監督を及ぼしており、その業務中に起つた事故であるから、元請負人である被告大成建設にも使用者としての責任がある。
(五) そこで、被告村上は民法七〇九条により、被告久保は自賠法三条により、被告安井組、同大成建設は自賠法三条さもなくば民法七一五条により、いずれも本件事故から生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
3 (損害)
(一) 亡野又松江の逸失利益 金五六七万円
亡松江は、本件当時満四八才で田九二アール、畑八アールを耕作し、農業に従事するかたわら、農閑期には日稼ぎに出て収益をあげていたところ、本件事故により死亡したため得べかりし利益を喪失したが、その額は次のとおり算出される。
平均余命 二八・六一年(第一二回生命表)
年収 金七〇万四八〇〇円
農業収入 四六万四八〇〇円
(玄米八三俵×八〇〇〇円=六六万四〇〇〇円-経費一九万九二〇〇円=四六万四八〇〇円)
日稼ぎ収入 二四万円
(年間稼働日数二〇〇日×一二〇〇円=二四万円)
生活費 一ケ月一万五七〇〇円×一二月=一八万八四〇〇円
年間純収入 七〇万四八〇〇円-一八万八四〇〇円=五一万六四〇〇円
稼働年数 六三才まで一五年
ホフマン係数 一〇・九八一
五一万六四〇〇円×一〇・九八一=五六七万円(一万円未満切捨)
(二) 相続
原告野又恒人は亡松江の夫であり、原告野又タツ子、同野又秀美、同野又みよ子は亡松江の子であり、その相続人として亡松江の逸失利益を原告恒人は三分の一(一八九万円)、原告タツ子、同秀美、同みよ子はそれぞれ九分の二(各一二六万円)あて承継取得した。
(三) 慰藉料 金三四〇万円
妻ないしは母を失つた原告野又らの精神的苦痛は甚大であり、その慰藉料としては、原告恒人に対し金一〇〇万円、原告タツ子、同秀美、同みよ子に対し各金八〇万円が相当である。
(四) 亡松江の葬式費用 金二〇万円
原告恒人は亡松江の葬式費用として金二〇万円を支出した。
(五) 亡渡宣弘の逸失利益 金七五六万円
亡宣弘は、本件当時満一六才で高校二年生であつたところ、本件事故により死亡したため得べかりし利益を喪失したが、その額は次のとおり算出される。
平均余命 五三・九七年
年収 金一一七万二二〇〇円
きまつて受給する現金給与額
(七万六九〇〇円×一二月=九二万二八〇〇円)
年間賞与等 二四万九四〇〇円
(以上 昭和四六年賃金センサスより)
生活費 収入額の五〇%
年間純収入 五八万六一〇〇円
稼働年数 二二才から六三才まで四一年
ライプニツツ係数 一二・九〇五四
五八万六一〇〇円×一二・九〇五四=七五六万円(一万円未満切捨)
(六) 相続
原告渡恒四郎、同渡ツルヨは亡宣弘の父母であり、相続人として亡宣弘の逸失利益を各二分の一(各三七八万円)あて承継取得した。
(七) 慰藉料 金三〇〇万円
最愛の子を失つた原告渡らの精神的苦痛は甚大であり、その慰藉料としては右原告らに対しそれぞれ金一五〇万円が相当である。
(八) 亡宣弘の葬式費用 金二〇万円
原告恒四郎は亡宣弘の葬式費用として金二〇万円を支出した。
(九) 弁護士費用 金八〇万円
原告らは被告らに対し本件事故による損害賠償を請求したが、任意応じないので、やむなく原告ら訴訟代理人に本訴を委任し、謝金として原告野又らは各一〇万円(計四〇万円)、原告渡らは各二〇万円(計四〇万円)の支払を約した。
4 (損益相殺)
(一) 原告野又らは次のとおり合計金五二八万五〇〇〇円の支払を受けた。
(1) 自賠責保険から金五〇〇万円
(2) 被告村上から金二万五〇〇〇円
(3) 被告安井組から金二三万円
(4) 被告大成建設から金三万円
そこで、原告恒人はその三分の一の金一七六万一六六七円を、原告タツ子、同秀美、同みよ子はそれぞれ九分の二の金一一七万四四四五円を、前記弁護士費用を除く損害から控除する。
(二) 原告渡らも前同様合計金五二八万五〇〇〇円の支払を受けたので、原告恒四郎、同ツルヨはそれぞれ二分の一の金二六四万二五〇〇円を、前記弁護士費用を除く損害から控除する。
5 (結論)
よつて、原告らは被告らに対し各自請求の趣旨記載の損害額及びそのうち弁護士費用を除いた残額に対する、いずれも事故の翌日である昭和四五年七月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告村上の答弁
1 (請求原因に対する認否)
(一) 第1項は「態様」の部分を争い、その余は認める。
(二) 第2項中、被告村上に原告ら主張のような過失があつたことは争う。その余は不知ないし争う。
(三) 第3項は不知、なお損害の額は争う。
(四) 第4項中、自賠責保険及び被告村上からの支払については認めるが、その余は不知。
2 (被告村上の無過失)
本件現場は、国鉄鹿児島本線の古賀駅と新宮駅との間の、通称池の端踏切と呼ばれている場所であつて、遮断機も自動警報器もない第四種踏切である。本件事故はこの踏切を横断しようとした事故車が右方から進行してきた下りの国電と衝突した事故であるところ、本件踏切の右方は高さ約二メートルないし三メートルの雑草が生い茂つており、このため右方の見通しは悪い状態であつた。
そして右方の見通しは、むしろ本件踏切の停止線の手前五メートルの地点から良くきき、それから右停止線を越え、下り線路の手前のレールより約一・八メートル手前まで接近した地点が良くきくのであるが、後者の地点まで事故車の運転席を進めるときは、事故車の先端が列車に接触してしまう危険があり、しかも前者の地点から後者の地点に至るまでの間右方に対する見通しが全くきかないため、被告村上はやむを得ず、前者の地点で一旦停車をして、右方より列車の進行がなく全く安全であることを確認したうえ、進行を開始したものである。したがつて、被告村上には原告ら主張のごとき過失はない。
3 (好意同乗による減額)
仮に、被告村上に何らかの過失があるとしても、本件はいわゆる好意同乗もしくは無償同乗の事案であるから、損害額の算定、特に慰藉料、逸失利益の算定にあたつては、右の事情を考慮のうえ相当程度減額がなさるべきである。
4 (亡野又松江の逸失利益について)
原告らは、亡松江の農業に対する労働寄与率を一〇〇%として主張しているが、右農業は亡松江とその夫である原告恒人の共同経営であるか、さもなくば亡松江が原告恒人の助力を得て行つていたものであるから、その点を斟酌のうえ、亡松江の農業に対する稼働寄与率を算出すべきである。
また原告らは、農業収入の算定にあたり「玄米八三俵」として計算しているが、供出米が六八俵、保有米が一五俵であるから、右保有米分を差引いて農業収入を計算すべきである。
三 被告久保、同安井組の答弁
1 (請求原因に対する認否)
(一) 第1項は「態様」の部分を争い、その余は認める。
(二) 第2項中、(二)の事実及び(三)のうち被告安井組が土木請負業者であり、被告村上、同久保を雇用していることは認めるが、その余は否認する。
(三) 第3項は不知、なお損害の額は争う。
(四) 第4項中、被告大成建設関係を除きその余の支払がなされたことは認める。その余は不知。
2 (被告村上の過失について)
被告村上に対する業務上過失致死被告事件の第一審判決によれば、「本件事故地点踏切直前の停止線上における車中よりの右方見通しは極めて悪く、停止線上よりさらに自動車を進めて軌道車の有無を確認することは危険であることは認められるが、被告人が右方を確認した踏切五メートル前方の地点でもなお右方の見通しが良好であるとは言えず、このような場合には、自動車運転手としては、自ら降りるなり、同乗者を降ろすなりして軌道車の有無を充分に確め、細心の注意を払つて横断通過すべきであつて、これを被告人に期待することは不可能であるとは言えない。」との趣旨を判示している。
しかしながら、このような地点において、運転者が車を停止線に止めて踏切内に入り左右に軌道車の進行を確認しても、再び車に戻り車を運転して踏切を通過するまでには相当の時間を要し、その間に軌道車が進行して来れば本件のような事故が生じないとは限らないのであるから、見通しの良い五メートル前の地点で右方を確認しそのまま進行した場合と選ぶところはない。したがつて、被告村上が踏切前の停止線で車を降り右方に軌道車の進行がないことを確認していれば、本件事故を避け得たとは必ずしも言えないものがあるから、右をもつて注意義務違反と言うを得ない。
次に同乗者を降ろして確認させ、その案内によつて踏切を通過すべきであるとの点は、結果論としては正しいであろうが、車掌や助手を同乗せしめている場合であれば格別、本件のような同乗者に下車を命じ確認をなさしめることを運転者に期待することは実際上不可能である。本件事故の主因はむしろこのような危険な地点における踏切の設置方法に存するものと言わねばならない。
以上の次第で、被告村上に刑事判決の説示するような注意義務の懈怠を言うことは無理であると思料するが、仮に注意義務違反があるにしても、被告村上のみにそのすべてを帰することは当を得ない。かかる意味において慰藉料の算定につき充分の配慮がなさるべきである。
3 (亡野又松江の逸失利益について)
原告らの亡松江の逸失利益に関する主張は次のような点において正当でない。
(一) 農業収入は農地の耕作により生産した農産物を換価することによつて得られるものであるから、農耕者の労力そのものが農業収入の全部として評価されるものではない。本件においても松江の死亡後は、原告らにおいてこれを耕作し従前同様の農業収入を得ていることが明らかであつて、松江の死亡は農業生産に寄与する同人の労働力を失つたことにはなるにしても、従前の農業収入の全部が失われたというわけではなく、そのすべてを喪失したとして計算しているのは正しくない。
(二) また、原告らは亡松江の日稼ぎ収入につき、稼働可能日数を年間二〇〇日(一ケ月一六回強)として計算しているが、同人のように農家の主婦として家事と農耕に従事し、余暇に日稼ぎを行う場合、一ケ月の半数を超える日数を稼働可能としていることは妥当でない。原告らは一方ではもつぱら亡松江の農耕によつて同家の農業収入が維持されたとしながら、他方では月の半数以上日稼ぎに出ていたとしており、この点同一人の労働力を二重に評価するものとの非難を免れない。
四 被告大成建設の答弁
1 (請求原因に対する認否)
(一) 第1項は「態様」の部分は不知、その余は認める。
(二) 第2項中、(一)の注意義務の主張は認めるが、その余の事実、殊に過失の存在は争う。(二)の事実は不知。(三)のうち「被告村上はその業務中に本件事故を惹起した」との点は否認。「被告安井組は土木建設工事の請負業者であり、被告村上、同久保を雇用していた」事実は認めるが、その余は不知。
同(四)の事実中、被告大成建設が土木建設工事の請負業者であること、自己の提示した図面、仕様書等により被告安井組に下請工事をさせ、その工事の施工につき図面並びに仕様書どおりになされるよう指揮監督していた事実は認めるが、被告安井組を継続的かつ専属的下請としていたこと、資金繰りについて必要なときは面倒をみていたこと、本件当時工事用資材、機械などを貸していたこと、及び本件事故車の運行支配が被告大成建設にあり、運行利益が帰属し、運行供用者に該るとの主張はいずれも否認する。
また本件が被告安井組の下請した工事の業務中に起つた事故であること、被告大成建設が被告安井組に直接、間接に指揮監督を及ぼしていたこと、並びに使用者としての責任があるとの主張は否認する。
(三) 第3項は損害の額を争い、その基礎たる主張事実はいずれも不知。
(四) 第4項は不知。
2 (被告大成建設の責任について)
(一) 原告らは本件工事の下請人被告安井組の被用者である被告村上による事故車の運行につき、元請人である被告大成建設が運行供用者であると主張するが、元請人に当該車両の運行支配、運行利益が認められるためには、当該車両の運行が元請人の業務の範囲に含まれ、かつ、下請人が元請人の専属的関係にある場合や、下請人が元請業の一部門として包摂されるような関係にある場合のように、両名間に深い実質的結びつきがあつて、当該車両の運行に対する元請人の指揮監督その他の関与の度合いが強いものに限られる。
また、下請人の被用者の行為に対する元請人の使用者責任の範囲については、元請人、下請人の関係が実質上使用者と被用者との関係もしくはこれと同視うる密接な関係にある場合においても、下請工事の付随的行為またはその延長もしくは、外形上下請人の事業の範囲内に含まれるすべての行為につき、元請人が右責任を負うものと解すべきではなく、右被用者に直接間接に元請人の指揮監督関係が及んでいる場合になされた被用者の行為のみが、元請人の事業の執行についてなされたものというべきであり、その限度で元請人は右被用者の不法行為につき責に任ずるものと解される。
(二) 本件における被告大成建設と被告安井組の関係については、両者間に下請に関する継続的な基本契約は存在せず、個々の工事ごとに予め下請業者に見積書を提出させ随意または競争入札により契約をしているものであり、被告大成建設は被告安井組に対し、本件福岡ボデー工場、事務所の新築工事のうち、約五%に該当する土工事と鳶工事のみを請負わせたのであるが、右同種工事を下請させる業者としては、被告安井組の他に五社あり、被告安井組に下請させるのは同種工事の一〇ないし一五%に過ぎず、また被告安井組が普通下請契約をする会社は、被告大成建設の他に八社あり、被告大成建設より下請するのは工事量の四〇%以下に止まる。そして被告大成建設は被告安井組に対し本件事故当時何らの出資も融資もしておらず、被告安井組が下請工事をなすにあたつて、被告大成建設の資材、機械等を使用することもなく、被告安井組の使用する従業員の人数、任免、仕事の割振等については、一切安井組が独断で決定しているのであり、元請人たる被告大成建設としては、現場に従業員を派遣してはいたが、その指示監督は単に工事が設計書及び工程書どおりに進められているかどうかの範囲内で、被告安井組の現場責任者を通じてなされていたに過ぎず、被告安井組の個々の被用者の仕事の内容に直接干渉し得る関係にはなかつたものである。右の各事実によれば、被告安井組は独立の企業として自己の計算により本件工事を含む営業をなしていたのであり、被告大成建設との間には、使用者と被用者との関係は勿論これと同視しうるような深い実質的結びつきのなかつたことが明白である。
(三) しかも、被告安井組が被告大成建設より下請したのは、前記のとおり土工事と鳶工事のみであり、勿論自動車の運行は含まれておらず、下請工事執行の場所は本件工事現場敷地内に限られており、その時間は、残業がない限り、午後五時までであり、右時刻を過ぎれば被告安井組従業員は現場の門を出ていたのであつて、被告大成建設の被告安井組に対する指揮監督その他の関与は、被告安井組従業員の通退勤にまでは及んでおらず、被告大成建設としては、被告村上が自家用車を使用していることも、それに他の従業員を乗せていたことも全く知らなかつたのである。したがつて、終業後であり、工事現場より約二五〇メートル離れた事故現場における本件事故車両の運行に対する被告大成建設の指揮監督その他の関与は、権限上も事実上も一切存在せず、本件事故車両の運行は被告大成建設の業務の執行につきなされたものでないことは明らかである。
以上の理由により、被告大成建設は自賠法三条の運行供用者に該当せず、民法七一五条の責任を負うべき使用者にも該当しない。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 (事故の発生)
請求原因第1項の事実は「態様」の部分を除き、すべて当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によれば、被告村上は被告安井組の従業員であつて、事故当日同じく被告安井組の従業員で現場責任者であつた被告久保所有の本件事故車を運転し、仕事を終つた右安井組の人夫訴外野又松江、同渡宣弘ら四名を送るため、これを右車に同乗させ、福岡県粕屋郡古賀町鹿部方面から国道三号線方面に向け進行中、同町鹿部国鉄鹿児島本線の通称池の端踏切にさしかかつたが、同所は遮断機や自動警報機の設備がなく警手もいない第四種踏切であり、しかも踏切に向つて右方は雑草が生い茂つて見通しが極めて悪かつたこと、被告村上は同踏切の約五メートル手前のわずかに右方の見通しのきく地点で一時停車し、一応左右を確認したが、確認が充分でなかつたためか、同踏切に接近しつつある軌道車はないものと軽信し、事故車を同踏切内に進入させたところ、折から右方古賀駅方面より進行してきた国鉄電車を約一〇〇メートルの距離に発見し、狼狽して操車を誤り事故車を同軌道上に停車させたこと、そこで危険を感じた被告村上は同乗者に「車から降りろ」と声をかけ車外に逃げ遅れた前記野又松江、渡宣弘の両名を、事故車もろとも右電車に激突させてはね飛ばし、即死させたことが認められる。そして、なるほど本件踏切は雑草が生い茂つていたため右方への見通しが悪く、事故車の運転席からは列車の運行を充分確認し得ないことが窺われ、踏切の設置方法、その維持管理に問題があることは、おそらく被告らの主張するとおりであろうが、このことは直ちに被告村上の過失を否定するものではなく、むしろそのような踏切であればこそ、自動車運転者たるもの、より以上の注意義務が要求されるのであつて、自車の運転席からの見通しが困難であれば、自ら車を降りて列車の進行の有無を確認するなり、あるいは同乗者を降ろして進路の安全を確認させるなりして、右踏切の横断を開始すべきであり、これらの措置を怠つた点被告村上の過失はまず免れがたいものと判断される。他に特段の証拠もない。
二 (被告らの責任)
(一) 被告村上は本件事故につき前記のような過失があるので、民法七〇九条により本件事故から生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告久保が右事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないので、同被告は自賠法三条により同じく損害賠償責任がある。
(三) 被告安井組が土木建設工事の請負業者であり、そのため被告村上、同久保を雇用していることは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、本件事故車は、被告安井組の本件工事現場の責任者である被告久保が、全く個人用の自家用車とは別に、右事故の一年位前に購入し、これを被告村上に運転させて近距離の通勤者や特別に必要な従業員の送迎に使用していたこと、被告安井組としてはマイクロバスを所有し、遠距離の筑豊地区からの従業員の送迎にあてていたが、通勤手当の支給もないところから、人集めのためには近くの従業員にも通勤用の車の提供が望まれる事情にあつたこと、そこで被告久保は現場責任者として個人的に右事故車を購入したが、その燃料代は被告久保が被告安井組から別途ガソリンチケツトをもらいうけこれによりまかなつていたことが認められ、これらの事実からすれば、右事故車は被告安井組の現場責任者である被告久保の指示にしたがい被告村上によつて、本来の業務そのものではないがこれに付随する業務として、継続的に運行利用されてきたものであり、その限りにおいて被告安井組は被告久保と共に、その運行の利益と支配を有していたというべく、またその被用者である被告村上が右業務に従事中本件事故を惹起したものであるから、被告安井組は自賠法三条及び民法七一五条によりやはり損害賠償の責任を免れない。
(四) 被告大成建設が土木建設工事の請負業者であること、自己の提示した図面、仕様書等により被告安井組に下請工事をさせ、その工事の施工につき図面並びに仕様書どおりにそれが行われるよう指揮監督をしていたことは当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕を総合すれば、元請人たる被告大成建設と下請人たる被告安井組との関係は、ほぼ被告大成建設主張のとおりであつたと認められ(原告らの主張も評価の面では大きく異つているが、具体的内容についてはさほどの差はない)、それだけの事実関係では、被告大成建設が当時被告安井組を専属的な下請業者として取扱い、その間あたかも使用者と被用者といつた特に密接な間柄にあつたものとは、未だいいがたく、また本件事故車の運行については、事故時は勿論平常の業務においても、被告大成建設は全く関与するところがなかつたことも窺われるので、原告らの被告大成建設の責任に関する主張は、自賠法三条ないし民法七一五条のいずれの面からするも採用することができない。
三 (損害)
(一) 亡野又松江の逸失利益
〔証拠略〕によれば、亡松江は本件事故当時満四八才で、大工である夫恒人の助力を得て、田九二アール、畑八アールを耕作し農業に従事するかたわら、その暇をみて日稼ぎに出ていたところ、本件事故により死亡したため得べかりし利益を喪失したこと、しかして第一二回生命表によれば満四八才の女子の平均余命は二八・六一年であるが、右松江は比較的健康であり満六三才までなお一五年は稼働可能であつたと判断されること、右農業による年間収入は、玄米八三俵を生産し一俵当り八〇〇〇円のところ、経費として約三〇%を必要とするので、その利益は四六万四八〇〇円となるが、同人方の農業はもつぱら右松江によつて行われていたものの、なお田植、刈入れなど多忙の時期には夫恒人ら家族の協力を得ていたことも考えれば、亡松江の右農業に対する寄与率は八〇%程度と推測されるので、同人の農業による収入は結局三七万一八四〇円となること、また農閑期には努めて日稼ぎに出ており、一年のうち半分の一八〇日は稼働していたものと認められるので、一日当り一二〇〇円として計算すればその収入は二一万六〇〇〇円程度となること、したがつて双方を合わせると五八万七八四〇円の年収となるが、右収入額及び家族構成からして、同人が生存していた場合その生活費として原告ら主張の一ケ月一万五七〇〇円は必要であつたろうと考えられるから、年額にして一八万八四〇〇円の生活費を控除すると、年間の純益は三九万九四四〇円となる。そこで、これを基礎に一五年の稼働によつて得べかりし利益の現価をライプニツツ式(係数一〇・三七九六)により算出すると、四一四万六〇二七円となる。
(二) 相続
〔証拠略〕によれば、原告恒人は亡松江の夫であり、原告タツ子、同秀美、同みよ子はその子として、亡松江の逸失利益を共同相続したことが認められる。原告恒人の相続分は三分の一であるから一三八万二〇〇九円、その余の三名は各九分の二であるからそれぞれ九二万一三三九円となる。
(三) 慰藉料
前記認定の諸事情に〔証拠略〕を併せると、原告野又らは妻であり母である亡松江を失い、甚大な精神的苦痛を蒙つたことが窺われるが、亡松江が本件事故車のいわゆる無償同乗者であつた点も斟酌すると、その慰藉料としては原告恒人に対し金一〇〇万円、原告タツ子、同秀美、同みよ子に対し各金七五万円をもつて相当と判断する。
(四) 亡松江の葬式費用
〔証拠略〕によれば、同原告が亡松江の葬式費用として金二〇万円を支出したことが認められる。
(五) 亡渡宣弘の逸失利益
〔証拠略〕によれば、亡宣弘は本件事故当時満一六才で高校二年生であつたが、格別病気をしたこともなく健康体であつたから、原告ら主張のように二二才から六三才までの四一年間に稼働可能であつたと考えられること、そして賃金センサスによれば、昭和四五年の全産業全男子労働者平均給与額は、きまつて受給する現金給与月額が六万八四〇〇円(年額八二万〇八〇〇円)、年間賞与等が二〇万六一〇〇円、計一〇二万六九〇〇円であるから、そのうち五〇%を生活費に要するものとすれば、年間純収入は五一万三四五〇円となること、そこでこれを基礎に前記稼働可能期間の得べかりし利益の現価をライプニツツ式により算出すると、その係数は一二・九〇五四(一七・九八一〇-五・〇七五六)であるから、六六二万六二七八円ということになる。
(六) 相続
〔証拠略〕によれば、原告渡恒四郎、同渡ツルヨは亡宣弘の父母として、同人の右逸失利益を相続したことが認められる。その相続分は各二分の一の三三一万三一三九円である。
(七) 慰藉料
前記認定の諸事情に〔証拠略〕を併せると、原告渡らはその三男である亡宣弘を本件事故によつて失い、はかり知れない精神的苦痛を蒙つたものと判断されるが、同人がやはり本件事故車のいわゆる無償同乗者であつたことを斟酌すると、その慰藉料としては各金一三〇万円が相当と思われる。
(八) 亡宣弘の葬式費用
〔証拠略〕によれば、亡宣弘の葬式費用として金二〇万円程度を右原告において支出していることが認められる。
四 (損益相殺)
(一) 以上により、原告野又らの各損害額は原告恒人が金二五八万二〇〇九円、原告タツ子、同秀美、同みよ子が各金一六七万一三三九円となるところ、右原告らにおいて自賠責保険あるいは被告ら(ただし被告大成建設関係の金三万円を除く)から合計金五二五万五〇〇〇円の支払を受けていることが〔証拠略〕から窺われるので、これを右原告ら主張のように、原告恒人金一七六万一六六七円、その余の原告らについては右被告大成建設関係の金三万円を除外し各金一一六万四四四五円の割合でそれぞれ充当すると、残損害額は原告恒人が金八二万〇三四二円、その余の原告らが各金五〇万六八九四円となる。
(二) また原告渡らの各損害額は原告恒四郎が金四八一万三一三九円、原告ツルヨが金四六一万三一三九円となるところ、右原告らにおいて自賠責保険あるいは被告ら(被告大成建設関係を除外すること前同様)から合計金五二五万五〇〇〇円の支払を受けていることが弁論の全趣旨から窺われるので、それぞれその二分の一の金二六二万七五〇〇円を充当すると、残損害額は原告恒四郎が金二一八万五六三九円、同ツルヨが金一九八万五六三九円となる。
五 (弁護士費用)
本件事案の内容、訴訟の経過及び前記認容額等を考慮すると、本件事故に基づく損害として被告らに賠償させる弁護士費用は、原告恒人に対し金一〇万円、原告タツ子、同秀美、同みよ子に対し各金五万円、原告恒四郎、同ツルヨに対し各金二〇万円をもつて相当と認める。
六 (結論)
そうだとすれば、被告村上、同久保、同安井組は各自、原告恒人に対しては金九二万〇三四二円、原告タツ子、同秀美、同みよ子に対しては各金五五万六八九四円、原告恒四郎に対しては金二三八万五六三九円、原告ツルヨに対しては金二一八万五六三九円及び右各金額からそれぞれ前記第五項の弁護士費用を控除した残額に対し、いずれも事故の翌日である昭和四五年七月二九日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告らの本訴請求を右の限度で正当として認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告大成建設に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 権藤義臣)